在間秀和

観天望気

「観天望気」ということばがあります。
 随分昔、40年程前になるでしょうか……。山が好きで、よく山歩きをしていた青年のころ読んだ本に『山の気象と観天望気』という本がありました。今では色も変わったその本がまだ本棚に並んでいます。「昭和49年7月1日発行」で「日本登山学校編 株式会社日本文芸社発行」となっています。
 この本のタイトルとなっている「観天望気」ということばを耳にすることはあまりありません。その本では、「大空を見わたして、空の色、風の流れ、遠くの山の霞みぐあい、空に浮かぶ雲の形や動きなどを観察して、これから少し先の天気変化を予想すること」と説明されています。広辞苑第6版では「空の状況を観察して、天気を予測すること。雲形、雲の動き、風、太陽や月の見え方などから経験的に予想する」と書かれています。何故か昔からこのことばが頭に残っていました。
 このたび、柄にもなくホームページを立ち上げました。そこに別にテーマもこだわらずに思いつくままを書いて見ようという気になり、そのコーナーを「観天望気」と名付けることにしました。それほど深い意味があるわけではありません。空を見上げてふと頭に浮かんだことをとりとめもなく残しておこう、という程度のものです。どこまで続くかわかりませんが……。

オバマ大統領の広島訪問をどう受け止めるか?

2016年5月27日、オバマ氏がアメリカ大統領としては初めて広島を訪問しました。「初訪問」ということからこのところの大ニュースになりましたが、その目的は「犠牲者の慰霊」ということであり、「謝罪はしない」ことが事前に報じられていました。そしてオバマ大統領は当初の予定を上回る17分間のスピーチを行いました。この出来事をどう受け止めるべきか?を少し考えて見たいと思います。 私にとって、「原爆」は特別の意味があります。父親の両親は1945年8月6日広島市内で爆死しています(遺品があるだけでふたりとも遺体は発見されていません)。もともと私の両親は広島出身であり、両親の多くの親類の人たちが被爆しています。私の母親は現在90歳ですが、父親の妹を探しに8月8日広島市内に入りました。いわゆる「入市被爆」としての「被爆者」です。父親の妹は爆心からわずか450mの日銀の建物内で被爆し、奇跡的に生き残りました。私も幼い頃から母親から当時の話をよく聞かされてきました。私の誕生日は1948年8月6日。偶然でしょうがやはり特別の思いがあります。  このような経緯からか、原爆問題については学生時代から非常に強い関心がありました。大学時代は広島の原水禁大会に毎年参加していました。誕生日は毎年広島の集会場で迎えていました。  「原爆」そして「核問題」については今でも私の最大の関心事の一つです。  ですから、核兵器の問題については言いたいことは山ほどあります。しかし、言うべきことはただ一言です。「核兵器はいかなる理由があろうとも、その存在は断じて許されてはならない。」ということです。 最近実に興味深い本を読み

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