在間秀和

観天望気

「観天望気」ということばがあります。
 随分昔、40年程前になるでしょうか……。山が好きで、よく山歩きをしていた青年のころ読んだ本に『山の気象と観天望気』という本がありました。今では色も変わったその本がまだ本棚に並んでいます。「昭和49年7月1日発行」で「日本登山学校編 株式会社日本文芸社発行」となっています。
 この本のタイトルとなっている「観天望気」ということばを耳にすることはあまりありません。その本では、「大空を見わたして、空の色、風の流れ、遠くの山の霞みぐあい、空に浮かぶ雲の形や動きなどを観察して、これから少し先の天気変化を予想すること」と説明されています。広辞苑第6版では「空の状況を観察して、天気を予測すること。雲形、雲の動き、風、太陽や月の見え方などから経験的に予想する」と書かれています。何故か昔からこのことばが頭に残っていました。
 このたび、柄にもなくホームページを立ち上げました。そこに別にテーマもこだわらずに思いつくままを書いて見ようという気になり、そのコーナーを「観天望気」と名付けることにしました。それほど深い意味があるわけではありません。空を見上げてふと頭に浮かんだことをとりとめもなく残しておこう、という程度のものです。どこまで続くかわかりませんが……。

巧言令色鮮仁 剛毅木訥仁近

事務所の会議室にしばらく前からひとつの書を飾っています。  一心書道会の書家・寺田白雲さんにお願いしてしたためて揮毫していただきました。 「巧言令色鮮仁 剛毅木訥仁近」 「言葉巧みで、人から好かれようと愛想を振りまく者には、誠実な人間が少なく、人として最も大事な徳である仁の心が欠けているものだということ」 「意思が強く強固で、素朴で口数が少ない人物が、道徳の理想である仁に最も近い者であるということ。」 とされています。  このふたつのフレーズは孔子の「論語」の一節ですが、ふたつが並んでいるわけではありません。別のところにでてきます。私は昔からこのことわざが好きで年賀状にも書いたことがあります。幸運にも書家・寺田白雲さんに出会い、いつかお願いしようと思って遂に実現しました。生涯の宝物にしようと思っています。 孔子は紀元前500年頃の思想家とされていますから、今から2500年前のことわざということになります。そんな昔も今と全く変わらない世相だったのでしょうか? それとも人類というのはほとんど進歩していないといことなのでしょうか? ただ聞こえの良い言葉だけが飛び交い、それがそれなりにもてはやされる……という嘆かわしい世相は大昔からあったのでしょう。今は、それに権力者が乗じる、という状況になっていますから、嘆いてばかりではいられません。 昨年、松本健一著の「『孟子』の革命思想と日本」という興味深い本を読みました。副題は「天皇家にはなぜ姓がないのか」となっています。この本はある新聞の書評欄で紹介されていました。私が目を引かれたのはその「副題」でした。以前から何故天皇家には「

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